第26回 社会の等価交換


あっというまに日中の最高気温が30度!
すごい暖気にからだがついていかないひろろん店長です。

さて、新年度がはじまってかれこれ3週間が経過しました。
新社会人の方たちもちょっとした正念場を迎えられてる頃かと思います。

少し前に流行った・・・というと

「今も人気だよ」

とファンの方に叱られそうですが、マンガ(アニメ)「鋼の錬金術師」の作品の中で数えきれないほどの回数登場した言葉に「等価交換」というものがあります。
何かを得るためにはその何かに見合う代価を支払わなければいけないという意味ですが、
これを社会にあてはめると

給料を頂くためには、その給料に見合うだけの労働力を提供しなくてはいけない

あるいは、

誰かに何かをしてもらうためには、その誰かにしてもらいたい事に見合うだけのなにかをその人に与えなければいけない

といったような感じになるでしょうか。

これは、数学的にみるととてもシンプルでわかりあすい考え方なんですが、実社会においてはなかなか難しい事です。

100円玉5枚と500円玉1枚を交換するのは、数学的に曖昧さもなくわかりやすいのですが、
500円でお金以外の何かを買う場合、たとえば、ランチを食べるとすれば、すごく得をしたと思うものと、損をしたと思うものがあると思うのです(笑)

これは、比較するどちらか、あるいは、どちらもが数字でなくなってしまうと、それらを平等に客観的に比較する事はほぼ不可能になってしまうからです。

たとえば、仕事先で上司に何か面倒な仕事を頼まれてなんとかその仕事をこなせたとします。
当然、何かしらの評価を期待したいところですが、全然たいしたことのない仕事をこなした同僚の方が褒められる・・・なんて事はしょっちゅうおこるわけです。

こうした不平等に思える評価を受ける原因はいろいろありますが、間違いなくある原因のひとつにこんなものがあります。

”人は、自分のやったことは大きく評価し、人にしてもらったことは小さく評価する”

「私はあの人にこんなにすごいことをしてあげたのに、あの人は私にこんなことしかしてくれない」

そんな風に思った事、ありませんか?

こんなときは、えてして、相手の方も同じ事を思っていたりするものです。

これでは、円滑な人間関係を築くことが難しくなってしまいますよね。

”人は必ずしも平等ではない”

と、ひろろん店長は思っていますので、実際にそんな不平等があったとしてもズルいとかなんとかと憤る事はないのですが、実際にはそんなに不平等な状態にはなっていなかったとしても、人はそういうふうに感じやすいわけです。

もう何年も前に亡くなった私の祖母が私が20歳前後の頃に話してくれたことがあります。

「人には2倍尽くしてあげてちょうどいい」

これは、
「10してもらったことにたいして、はじめから20返せるようにしなさい」

というもので、そのくらいの交換を心がけていれば、社会をスムースにわたっていける、
まわりからも好かれるようになりますよ

というものでした。

相手が自分のやったことを1.5倍くらいに評価して、人にやってもらったことを半分に評価してしまうとしても、自分自身が最初から2倍のことをやっておけば、相手から「ずるい」って思われる事はなくなりますし、相手の方が、もっと客観的に判断できるかたなら、自分がしてもらった事の方が大きい事を察して、きっとまた何かをあらたに返してくれようとします。
そしたら、あなたはその追加されたものに返してまた2倍返してあげてください。そうすることで、ずっとこの人とはいい関係が続けていけるという訳です。

なんか最初からすすんで損するような話(笑)ですが、ひろろん店長の祖母は、私にとってとても素晴らしい人だったので、なるべくその教え通り行動するように心がけてきました。

それが正解だったのかどうか、それは、そうせずに生きてきた場合の自分と比較ができない以上、わからないのですが、ひとまず、「損ばかりやん」「あほみたいやん」と思う事なく今までは生きてこられました(笑)
そして、自分で思うよりたくさんのものを相手に返そうすることで、人より多くの経験をつむことができ、自分のスキルアップにもつながってきたように思います。

せっかく新たに社会にでたり、新たな学校に通いはじめたのに

「自分ばっかり損や」、「なんでいつもあいつばっかり」

みたいにイライラしながら通勤、通学するのはあまりにも残念な感じなので、こんな考え方もあるんだなと少し頭においてもらえたらなということで、今回のコラムはここまで。