第19回 石橋は叩くべきか否か


暑い日が続きますが、みなさん、体調など崩されてませんか?
などと、実は人を気遣う余裕もない、暑さにはめっぽう弱いひろろん店長です(汗)

さて、今日は、どのくらい暑くなるでしょうね。
一番暑くなるのは何時くらい?
出かけるなら海がいいんでしょうか? 山がいいんでしょうか?

と、いうわけで、今回はどんなに考えても決して見える事のない未来の話について。

「石橋をたたいて渡る」

有名なことわざですよね。

誰しも失敗は、さけたいわけで、どんなに安全そうな橋にみえてもわたる前に頑丈さを確かめながら先進む事をあらわしているわけですが、昨今、この言葉を変化させて

「石橋をたたいて壊す」

すなわち、

「用心しすぎてチャンスを失ってしまう」

と皮肉って使われたりもするようです。

ひろろん店長は、どちらかというとこの後者にあてはまってしまう事が多く、「後悔あとをたたず」(本当のことわざは違いますよ(笑)な毎日をおくっているわけですが、結局のところ、今進もうとしている道の先に何があるかを完全に予測して失敗しない人生を歩む・・・なんて事は決してできないものです。

「このままいくとこんな風になってしまうかもしれない」
「もしかしたらほおっておいても勝手におさまるかもしれない」
「いつか誰かがやってくれるだろう」

こんな事を考えて自分からは進めずにチャンスを逃してしまったり

「万一のことをかんがえてもう一度確認してみよう」
「相手に不快に思われたら大変だから、どうおもっているかもう一度確認を」
「いや、もしかしたら勘違いかもしれないから明日もう一度調べてみよう」

と、前に進む事は決めているものの、失敗するのが嫌で何度も確認をとろうとして出遅れたり、あるいは、相手のいる話なら相手にうとましがられて話が流れてしまったりなんて事も往々にしてあるわけです。

特に、後者のケースは、どうしても失敗したくない時、失いたくないものを守ろうとしたときにやってしまう失敗で、それだけに機会を逃した時のダメージははかりしれなかったりします。

以前に似たような事を書いていたと思いますが、人は未来を完全に予測する事はできません。

「あの時、こうしておけばよかった」

なんていうのは、自分が全知全能の神であるかのようなおごった勘違いだと私は思っています。

人は先の見えない人生の中で、その時点その時点で自分が考えうる最良の選択肢を選ぶ以上の事は出来ないのです。
それが望まない結果を生んだとしても、それは、その人にとってその時選びうる最良の選択だったと考えていいのだと思ってください。
どんなに後悔したとしても、そういう後悔がプラスになることはまずありませんし、次の選択を迫られたとき、失敗したくないがあまり、動けなくなってしまうからです。

ポジティブに考えれば、今失敗した経験は、その先のもっと大きな成功のために必要なのかもしれません。
寝過ごして電車に乗り遅れたという失敗も、その後、突然授業が休講になったと連絡がくれば 得した!って思えるかもしれませんよね(笑)

自分の人生の何となにが成功で、何と何が失敗だったかなんて、きっと人生を終える瞬間になって初めてわかるものです。

であれば、今、行動をすることに目先の失敗を恐れる必要はなくなります。

これは、少し宗教がかった考え方かもしれませんが、今この一瞬に起こる成功も失敗も、そのすべてが長い人生全体の成功のために必要なパーツであるとすれば、今、自分がやっておきたい事を迷わずに進んでいっていいんじゃないでしょうか?

今動かずにいれば次の瞬間、その選択肢そのものがなくなってしまうかもしれません。

今自分が選ぶ道は、たとえどんな結果を生むにしてもそれは前進です。
今できる事が明日できるとはかぎりません。
自分ひとりでできる事でないならなおさらです。
今そこにいる友達は、家族は、恋人は、1年後も自分のそばにいるとは限らないんです。
そして自分自身も、1年先、5年先、10年先にどうなっているかなんて誰にもわからないんです。

ですからもっともっと今目の前にあるチャンスを大切に、自分の望む未来に向かって貪欲に進んでいく勇気をもってもらえればと思います。

そんなこんなで今回は結局のところ、
「いつも石橋をたたいて壊してしまう」ひろろん店長自身に対する戒めの意味も込めたコラムになりましたとさ(苦笑)
あーなやましい・・・。