第18回 広がる世界


さて、さらにさらにめっきり暑くなり、出会う人すべてに「なんとかしてくれ」と無理難題をつきつけるのが日課になっている ひろろん店長です(汗)

世の中ぼちぼちと夏休みに入り、大津の街を歩いている子供たちの数も激減。まずはのんびり(だらだら)と過ごしている人も多い様です。

10年程前までは、家にひとりでいてもテレビを見るくらいしかやる事もなくそのうち退屈して友達に連絡をとることになったわけですが、昨今では、とにかくスマホアプリでなんとなく常に誰かしらと繋がっている感覚もあり、暇つぶしもいくらでもできるようになってしまって、家族以外の誰とも会わずに一日が終わってしまうという事も珍しくないのではないかと勝手に心配になってしまいます。

誰かと会う、誰かと過ごすっていう事はどういう事なんでしょうか。

一人で遊ぶより誰かと一緒に遊ぶ方が楽しい?
誰かがそばにいてくれた方が寂しくない?

いや、これはひろろん店長の場合であって、おひとり様の時間が何より好きだという方も中にはいらっしゃる様です。

そんな訳で、今回のコラムタイトルに到着(笑)
そう、誰かと出会う、誰かと過ごす・・・という事は、自分の世界を広げる事だと思うのです。

どんな人も、自分ひとりの時間が長くなると、考え方も、行動の選択肢もどんどん狭くなっていくものです。
誰しもが、自分の見えるもの、そして自分想像力の中からしか選択肢を選び出すしかありません。
種のないのものを育てる事はできないのです。

誰かと時間を共にするということは、その誰かの持つ知識、経験、考え方といった自分のもつものとは全く違ったものに触れるという事だと思います。

ネット上で何かしらにクレームをつけている人を見かける事がよくあります

「こんなの常識だろ!」
「常識で考えて・・・」

常識というのは、「多数決」のようなものです。
より多くの人が当たり前のものと考えている認識・・・ということになるわけですが、国、性別、民族、宗教、その他もろもろの状況で、その人の周りの常識というのは、その人以外のおかれている状況における常識とは異なります。

7月が暑いのが当たり前の地域もあれば、7月が寒い地域もあり、
晩ごはんもしっかり食べるのが大切という家もあれば、晩ごはんは食べない方が体にいいんだという家もあるわけです。

極端に言えば、常識とは1人の例外もなく全く同じ人間によって構成されるコミュニティで生活し、一卵性双生児として誕生し、全く同じ教育、思想を植え付けられた人ででもなければ、完璧には共有できないという事です。

こんな事は現実的にありえませんし、結局のところ、常識は人の数だけ存在すると ひろろん店長は思うわけです。

ちょっと脱線しすぎました(苦笑)

誰かと出会い、誰かと過ごすということは、より多くのケースにおける多数決を見たり聞いたり、その状況の中に身を置くということに繋がります。

結果、自分だけでは経験する事のなかったであろうことの体験や、考え方の転換、さらにはそこから繋がる新たな人物との出会い、これはすなわち自分の世界が際限なく広がっていくということなのです。

誰かと出会う事で初めて行く場所に行く事になったり、はじめての楽器をさわったり、初めて空を飛んだりといった事はもちろん、長年ずっと疑問だったことに納得のいく答えをみつけられる事もあります。

逆に、今まで何の疑問にも思わなかったことに初めて疑問を感じたり、今まで正しいと思っていたことが実は全くの間違いだったと思うようになったり、行動の上でも考え方の上でも大きな転換を強いられる事も少なくありません。

人と過ごすという事がどれだけ多くの意味を持つのか、少しわかって頂けたでしょうか?

人との出会いを考える場合にもうひとつ考えておくべき事がひとつあります。
それは、気の合う人間とばかり付き合わないという事です。

同じような環境で育ち、同じようなものを面白いと思い、同じような価値観を持つ人との付き合いは、楽しく気楽なものです。
多くの方が、そうした人を友人に選んでしまっていると思います。

でもそれだけでは、やはり広がる世界も小さくなってしまいます。
自分とは違う環境で育ち、違う考え方、違う経験をたくさんしてきた人との出会いは、世界を飛躍的に広くしてくれるものです。

簡単に言えば、何かの意見をもとめたとき、いつも自分の意見に賛同してくれる人ではなく、反対の意見を言ってくれる人もそばにおいておきましょう という事です。

多くの人が、自分に賛同してくれる人、イエスマンばかりをそばにおきたがるものです。
でも、自分の心の中で既に決めているような事の背中をおしえてくれる人ばかり集めては、気持ちよくはなれても、自分の世界もスキルもひろがりません。

自分とは少し違った視点からものを言ってくれる人、反対の立場にたって討論してくれる人、本当にそばにおいておきたいのはむしろそんな人なのではないかと思います。

そんなこんなで長くなってしまいましたので、ここらでなんとか話をまとめないといけないわけです、困ったぞ(汗)

えーっと・・・
常識の違いをもっとも思い知らされる人生の出来事といえば、おそらく「結婚」だと思います。
まぁ、昨今では結婚はしないという方も多いので、一緒に暮らしていく彼氏、彼女という事でもいいのですが、これだけは、あまりにもかけはなれた価値観のひとを選ぶと毎日心労と戦う事になると思います(苦笑)

できれば、自分が大切にしている趣味や思想をひとつでも共有できる人の方がオススメです。

そしてたとえ日ごろ何かで言い争う事があっても、失敗や病気など、自分が本当に弱っている時にはちゃんと手をのばし、言葉をかけてくれるお相手を見つけて欲しいと思います。

「歳をとってからもいつも手をつないで散歩」ができる相手。
からコミ人気マンガ作家の猫皆先生とよく話してきた恋人像です。

たくさんいろいろな人と出会い、過ごしてみる事で、そんな相手がきっとみつかります。

えっ? ひろろん店長は?
それはもちろん・・・