第24回 遠くを見通す目


みなさん、こんにちは。
PPAPを歌っているのは、てっきり千原兄だと思っていたshimanyです。

さて、ボクが感動するコトのひとつに、「遠くまで見通している視点」があります。

例えば、シリーズモノの小説等を読んでいる時、かなりあとの巻になってから、第1巻で貼られていた伏線や、場合によっては、同じ作者の別の作品の伏線が回収されたりする時なんかがあったりします。

で、それぞれの巻の発行時期が数年、もしくは、数十年離れていたりすると、

「え?この時点で、こんな先のコトまで考えていたの!?」

と、めちゃくちゃ感動してしまうのです。

……まぁ、小説を書くような方にとっては、そんなコトはごくあたり前のコトなのかもしれませんが(笑)、それだけ、自分には未来を見据える目がなく、先のコトを計画がするのがこの上なく苦手なのです。

ただ、そうは言っても、先を見通すコトが苦手なのは、何も自分だけではなく、ある意味、人間の特性なのかな?と思ったりもします。

これからの年末シーズンには、来年以降の社会や経済を予測する本が実に多く出版されますが、まず、大抵は、当たりません(笑)。
他にも、「予言」の類が全く信用ならないのは、我々「ノストラダムス・ジェネレーション」にとっては、まさにデフォルト。
それゆえ、誰かが過去に言っていたコトが、たまに当たった(ように見える)コトがあったりすると、非常に大きな話題になる訳です。

他にも、ボクが以前から不思議に思っているのが、フィクションにおける未来予想。

映画「2001年宇宙の旅」は1968年の作品ですが、劇中の2001年には、人類は、木星まで有人による宇宙飛行を行なっています。

当時は、それなりのリアリティがあったと思うのですが、しかし、実際の2001年時点の人類は、木星どころが火星にすら行っていません(というか、月にもあまり行かなくなりました)。

で、この手の“読み違い”は他にいくらでもあると思うのですが(例えば、「バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2」は、公開が1989年、劇中の舞台は2015年の設定です)、多くの作り手がそのコト、つまり、「人類は思っている程早くは進化しない」というコトをイヤという程実感しているはずなのに、それでも比較的最近の「新世紀エヴァンゲリオン」ですら、1995年の作品で、劇中の物語は2015年になっています。
そして、相変わらず、実際の2015年は、劇中のモノとはだいぶ進み具合が違います……

これらの作品は、作成時点では、それなりの自信や根拠をもって、

「さすがに今から〇〇年後には、このくらいのコトはできてるだろう」

と考えられているはずだと思うのですが、その予想が、このように、ことごとく外れる訳です。

そのくらい、未来予想は難しい。
それでもさすがに、22世紀にはネコ型ロボットはできてるだろうと思っていますが(笑)。

とにかく、このように、誰しもが未来を見据えるのが苦手な中で、数年、もしくは、数十年の単位で自分の将来や社会の動向を捉え、今後の行動計画を立て、それにそって着実に生きている方は、実際に何人もいらっしゃいます。

実に素晴らしいと思いますし、ぜひ、ボクもマネしたいので、何度も、あれこれツールを使って試してみるのですが、やはり、ウマくいきません。
そして、それは仕事についても同様なので(← 深刻)、いつも、周りに迷惑をかけてしまいます……

そこで、最近では開き直って、

「先のコトは考えず、目の前に現れたモノに集中し、それを確実にこなしていけばよい」

と思うようにしているのですが、その考え方自体は間違ってはいないモノの、仕事では、さすがに全く先のコトを事前に準備しないという訳にもいきません……

しかし、実行できるかどうかは能力や意志の強さが大きく関係するとはいえ、それでも、まずは目的地や計画を定めなければ、そもそも、自分が進んでいるのかどうかすら分かりません。

なにごとも、練習すれば、ウマくできるようにな(る時もあ)ります。
何度失敗しても挑戦していれば、いつしか、自分で立てた計画どおりに進めていけるようになるかもしれません。

それを信じて、今日もまた、新たなツールを試すのです……(泣)