第23回 「若さ」は善か?


みなさん、こんにちは。
近年は、開催までのドタバタが一種の“お約束”であるオリンピックですが、それでも、さすがに大丈夫か!?と思ってしまうshimanyです。

さて、少し前ですが、小泉今日子さんの、「アンチエイジングという言葉が大嫌い」という発言が、大きな共感を得ているという記事を見かけました。

おそらく、大半のヒトが、

「そりゃ、キョンキョンなら、アンチする必要もないやろ」

と思ったと思いますが(笑)、それはともかく、他にも、自分の写真の修正を拒否するモデルさんのハナシや、今年88歳の現役ファッションモデルであるダフネ・セルフさんの本が話題になる等、これまでの、少し極端な「若さ信仰」に対するカウンタが、あちこちで起こっているような気がします。

とはいえ、一般的には、まだまだ多くのヒトが「若さ」にとらわれているのではないでしょうか。

例えば、つい先日、職場で少し歳上の女性職員さんに、

「お若い頃のアイドルって、”新御三家”ですか、それとも、オリジナルの”御三家”の方ですか?」

と、なにげなく聞いたトコロ、

「私はそんな歳じゃないわっ!!」

と、ガチギレされました。
これまで、どんなに職務上でヘマしても、一度も怒られたコトないのに……

また、臨時職員として、大学を出たばかりくらいの女性スタッフがボクの係に配属になった時は、周りの職員さんに、

「若いコが来て、ウレしいでしょう」

とか、

「いつもと違って(← 失礼)張り切っている」

とか、散々言われました。

これらは立派なセクハラだと思うのですが(苦笑)、ボクにとっては年齢より、おだやかさや“品”の方がずっと大事な要素なので、むしろ、自分より歳上の職員さんに憧れの女性職員さんはいたのですが(無関係)、やはり、一般的には、女性の「若さ」には非常に高い価値があるコトになっているだなと感じた一件です。

ところで、なぜかボクも、たまに「若く見える」と言われるコトがあります。

「見える」というのは、「実際はそうじゃない」と言われている訳ですが(笑)、本当に若かった”子ども”の時分から、ず〜っと「老けてる」と言われ続けて育ってきたので、今さらそんなコトを言われても、にわかには信じられません(笑)。

で、ウレしいかと言われると、まぁ、「老けてますね」と言われるよりはいいかとは思いますが(普通、言わない)、一方で、年相応に貫禄がある(ありすぎる)同期に会うにつけ、自分は全く成長していないなと恥ずかしくもなります。

ある雑誌の表紙に、

「男の顔は履歴書、女の顔は請求書」

とありましたが、後段の真偽はともかく(苦笑)、やはり、なにごとも、年相応がいいんじゃないかなと思います。

……が、福山雅治さんがボクより歳上だったり、B’zの稲葉さんが50歳を過ぎていると思うと、いささか途方に暮れてしまいます(笑)。
また、少し方向が違うモノの、例の盛り土問題で、石原慎太郎さんが84歳と知り、やはり、世の中全体的に、”年齢感”がだいぶ変わってきているなと感じます。

DJの佐藤弘樹さんの『賢人の雑学』という本を読んでいると、

「アメリカ社会がanti-aging(アンチエイジング)に血眼になるのは、力の衰えた老いは恐怖以外の何ものでもないからではないか」

という一節があったのですが、必要以上に若さを崇拝するのは、老いに対する”恐れ”の裏返しなんですね。

そして、老いを“恐怖”と思ってしまうと、どうしても抵抗したり、逆に、逃げ出したくなります。
それが“アンチ”という姿勢なのだと思いますが、そういった態度で老いに臨めば臨むほど、かえってそこに自分を追い込んでしまうような気がします。

そこで、特殊なオイルや、いかにもスゴそうな貝の成分なんかに頼るより(笑)、「気が若い」というコトバがあるように、まずは、何よりキモチの持ちようだと思います。

とにかく、「老いるのがイヤだ」と、老い自体に意識を向けて手立てを講じるのではなく、老いを忘れるくらい、「自分はこれがしたいんだ!」というモノ自体に意識を向ける方が、ずっとよいのではないでしょうか。

だって、それさえできれば、たとえ、歳をとってたって、いいじゃない!!