第21回 モノは見方か?


みなさん、こんにちは。?先日、突然、「ダメよ~ダメダメ」と、口をついて出てきたshimanyです。?
さて、よく、「モノは見方次第だ」と言われたりします。

アレです、同じコップに入っている水を見ても、

「たったこれだけしか入っていないのか……」

と思うヒトもいれば、

「まだ、こんなに入ってる!」

と思うヒトもいるというハナシ。

つまり、全く同じモノを見ていても、もう少し言うと、全く同じ”世界”に生きていても、各人の捉え方によって、それぞれのヒトが住んでいる世界は、実は、全く違うモノだという訳です。

たとえば、同じ今の日本に住んでいても、

「ブラック企業や貧困や格差や引きこもりや自殺が多発し、原発もいつ爆発するか分からない。いつテロに巻き込まれるかもしれないし、もうすぐ隣国と戦争になるだろう。日本はなんてイヤな国なんだろう」

と思っているヒトもいれば、

「あぁ~とりあえず身のキケンはないし、モノは溢れているし、食べるモノにも困らない。日本はなんていい国だろう……」

と思っているヒトもいると思います。

傍から見れば、確かにどちらも正しい面がある訳ですが、普通、そんな、まったく相反する世界のいずれも正しいなんて思えないですよね。
そして当然、誰しもが自分の見方、自分の住んでいる世界こそが本当の世界だと思っていまずが、実は、ホンの隣にいるヒトでも、全く違う世界に住んでいるのです。

ボクが、この件について分かりやすい例えだなぁと思ったハナシがあって、確か、青森だったと思いますが、ある年のヒドい台風で、リンゴ園のリンゴがほとんど収穫前に木から落ちてしまい、売り物にならなくなったそうです。

その情景を見て呆然とする農家の方が多い中、あるヒトが、

「これほどの台風でも落ちなかったリンゴなのだから、”落ちないリンゴ”として、受験生に売り出したらどうだろう」

と言ったそうです。
で、結局、残りのリンゴは1個1000円で売れ、見事にこの悲惨な状況を救ったというのです。

確かに、大変な状況には変わりない訳ですが、こんな見方の転換ができるなんて、素晴らしいですね。

他にも、「結婚したら、自由がなくなるよなぁ」と思っているヒトが、未婚者・既婚者含めて多くいらっしゃると思いますが(笑)、『困難な結婚』(内田樹著/アルテスパブリッシング)という本を読んでいると(なんで、そんなタイトルの本を読んでるんだ?)、こんな一節が。

 結婚すると「それまで独身のときにできたこと」の多くができなくなります。(中略)結婚はしない(中略)という生き方をすれば制約はなくなります。
 でも、そんな生き方をして何が楽しいのか、僕にはわかりません。誰にも制約されない生き方って、言い換えれば「誰からも頼みにされない生き方」ということですよね。(略)それって、要するに「いてもいなくてもどうでもいい人」になるということです。

う~む……
そういう見方もあるのか……(笑)

ただ、自分の見方というのは非常に強固なので、なかなか他の見方があったり、より(自分にとって)正しい見方があるなんて思えないのが普通だと思います。

しかも、何か自分にとってマイナスなコトが起こった際、この理論を使おうとしても、「ポジティブ・シンキング」と言えば聞こえはいいモノの、どうも、ボクの場合、単なる「負け惜しみ」になってしまうコトがほとんどです(苦笑)。

そのあたりの違いというか、自分をムリやり納得させるのではなく、心の底から物事の明るい面に目を向け、楽しく、どんなモノゴトにも対峙していけたらなと思います。

で、実は、この手の(ちょっと、スピな)ハナシをよく読んでいた当時、東日本大震災が起こりました。

その時こそ、この理論をあてはめ、この大惨事を、どうにか見方を変えて素晴らしいモノにできないかといろいろ考えてみたのですが、やはり、どうしてもウマくいきませんでした。

「当事者ではない」というのがかえってそうさせているのかもしれませんが、上記のリンゴ園のように、心の底から、「なるほど!そういう見方をすればよかったのか!」と思える日が来るのでしょうか……