第19回 「ブレない」は褒めコトバか?


みなさん、こんにちは。
普通の不倫と「ゲス不倫」の違いを、ちょっとだけ知りたいshimanyです。
さて、「ブレる」「ブレない」というコトバがあります。

ボクは、このコトバを聞くと、つい、

「あんたはブレている!」
「いや、ブレてない!」
「い〜や、ブレてる!!」

と見苦しく、かつ、子どものように罵り合う政治家の姿が目に浮かびますが(苦笑)、このように、どちらかと言うと、「ブレる」は、他人を批判する時に使われる、つまり、好ましくないコトだと思われているようです。

一方、好意的に捉えられがちな「ブレない」は、おそらく、「首尾一貫している」とか、「以前と全く同じコトを続ける」という意味だと思うのですが、果たしてそれは、それ程いいコトでしょうか?

たとえば、某野党のように、「反与党」という点で全くブレないと、与党が「消費税アップ」と言えば「消費税アップ反対!」と叫び、逆に、与党が「消費税アップ延長」と言えば、「なんで消費税をアップしないんだ!」と主張するコトになり、その結果、姿勢はブレていないのに、言っているコトは真反対という、なんだかよく分からないコトになってしまいます。

まぁ、それはともかく(笑)、さすがに、ついさっき言ったコトとスグに真反対のコトを指示されたり(職場でしばしば散見さる)、以前、ボクが絶賛していた時には否定していたはずなのに、いつの間にか自分も同じコトをしている(○○内でしばしば散見される(笑))というのも対処に困りますが、一方で、これだけ変化が早く、そして、大きい世の中になると、常に周りの状況を見極め、その時点で自分にとっての最適な行動や対応を選択する、つまり、ある意味で「ブレる」のは、むしろ、積極的に推奨されるべきコトなのではないでしょうか。

かつて、ダーウィンが言ったといわれる(実は言ってない、ともいわれる(笑))、

「最も強いモノが生き残るのではなく、最も変化したモノが生き残る」

というのも、そのあたりのコトを言っているのかもしれません。

ただ、その際に難しいのは、ただ変わればいいのではなく、「最適に」変わらなければいけないという点です。
では、どうすれば、最適に「ブレる」コトができるのでしょうか?

それは、結局、自分なりの「目的」や「目標」をしっかり定め、常にそこに見ているかどうかだと思います。

冒頭で、冗談のように書きましたが、「反○○」のような他人の姿勢に依存するようなモノではなく、自分がどうしたいか、どうなりたいかといったコトを目的や目標として常に意識していれば、その時点の自分の環境や与えられている条件に応じて、自分のやるべきコトは、自ずと変わってくると思います。

さらに、加えて重要なのは、何事も「やってみないと分からない」という点です。

「痩せたい」という目的の元、ある食品を一時期尋常じゃない量摂取する。そして、しばらくすると、それはなかったコトかのように、今度はちょっと変わった器具を使った運動を集中的にやる。そして、また、今度はそれもなかったコトかのように……

う〜む、ブレまくりですが(笑)、しかし、こうやって実際にいろいろ試してみないと、何が自分に合っているのかは、いつまで経っても分かりません(ただ、それ相応のコストはかかりますが(笑))。
たとえそれが、ハタから見て、ブレまくっていたとしてもいいじゃないですか。
自分の幸せは、誰も代わりに達成してくれないのです(これをかつて、ボクの父親は、「面倒くさいから、お父さんの代わりにトイレに行ってきて」という表現で、子どもだったボクに諭しました)。

……という訳で、いろいろブレまくりのshimanyですが(笑)、一方で、「継続がチカラなり」というコトも強く実感しています。

ここらへんが、実に難しい(苦笑)。

目的のために、いろいろ試したり方向転換するコトに躊躇はないのですが、一方で、それが飽き性の言い訳になっているのも事実。

『ネットで成功しているのは〈やめない人たち〉である』(いしたに まさき/著)という本がありますし、「成功するまで続ければ、失敗はない」とも言われます。
何事も、ある程度続けてみないと、スグに結果が出ないのも事実です。

……う〜む、結局、「ブレる」と「ブレない」、どっちがいいんだ!?

今回の原稿の趣旨自体が、ブレまくってますね(笑)。