第6回 自分のチカラと自分の場所


みなさん、こんにちは。
芸能だけでなく、ついに政治をも動かしたセンテンススプリングの勢いに目を見張っているshimanyです。

さて、ボク自身は、ここ数年は家族と紅白を見るようになってしまってすっかりご無沙汰ですが、昨年の大晦日も、恒例の「絶対に笑ってはいけない」シリーズが放映されました。

今回は、ついに10回目だったそうで、さすがにマンネリだとか、ネタ切れだとか言われていますが、それでも、結局、民放視聴率1位を6年間もキープしているというのは、やはり、スゴいコトだなぁと思います。

で、この番組、毎年、こういう番組には絶対に出なさそうなゲスト(昨年なら、石坂浩二さんとか堀北真希さんとか)が出演するコトで豪華と言われているように思いますが、それ以上に本当に豪華なのは、(異論はあるでしょうが)今、日本で1番ヒトを笑わすのが上手なヒト達が、笑わす方ではなく、あえて笑わされる側にいるという点ではないでしょうか?

昔、明石家さんまさんがもっと若く、今以上に「しゃべくりおばけ」(なんだ、それ)みたいに言われていた時期に、さんまさん自身は全くしゃべらないCMがありましたが、それと似た贅沢さを感じます。

このコトを、他の例でも考えてみると、例えば、(ボクが出す例は、いつも若干古くて申し訳ないのですが(笑))「料理の鉄人」である道場六三郎さんが、料理を作るのではなく、食べる番組というか。

……あ、あったな(笑)。

さすがに食べるだけではなく、審査員という体でしたが(実際は、お酒ばかり召し上がっていましたが(笑))、いずれにしても、道場さんが作る側ではなく、消費する側にいた点で、「笑ってはいけない」と同じかなと思います。

で、これはどういうコトかと考えると、おそらく、何かに飛び抜けて秀でたヒトは、当然、その分野自体に非常に詳しく、その分野における的確な評価ができるだろうと思われているのだと思うのです。

つまり、あのダウンタウンが、笑うなと言われているのに笑うくらいだから、とてつもなくおもしろいのだろうと思わせるという構造ですね(道場さんは、「おいしいと言うな!」とは言われてませんでしたが(笑))。

で、もうちょっと広げて考えると、この、「よいプレイヤは、よいマネイジャになるはずだ」という考えは、たいていの分野でも同じように思われているように感じます。

スゴく実績を残したアスリートは、引退後、その世界で優秀なコーチや監督になれるだろうとか、もっと一般的なハナシでも、職場で優秀な成果を出していたヒトは、管理職側に回っても、同じようにスゴい結果を出すだろうだとか。

しかし、スグに「名選手に名監督はいない」というコトバが想起されるように、必ずしもそのようなコトはありません。
むしろ、モウリーニョのように、プレイヤとマネジメントでは、全く違う才能・能力が必要のように思います。
(まだまだ分かりませんが、ジダンのような例外はもちろんありますが)

ただ、そうだとしても、普通の会社(公的機関も)では、一社員として成績が悪いヒトが、マネジメントだったら能力を発揮できるだろうと、いきなり抜擢されるコトはおそらくないでしょう。
逆に、本人が「現場がいい」と言っている場合でも、優秀な成果を出すと管理側に回され、本人も窮屈な思いをして期待されていたような成果が出せず、その上、現場も重要な才能を失うという悲劇も起こります。

このコトは、おそらく、多くのヒトが実感し、指摘もしているでしょうが、なかなか解決もムズカしい。
実際、リストラされた中高年の再就職が大変だみたいな番組で、面接の際、全く初めての職場なのに、「自分は管理職で結果を出してきたから、管理職で採用してくれ」みたいなヒトの映像を見ると、なんだかなぁ……と思ってしまうのも事実です。

とはいえ、本当にデキるヒトは、何をやらせてもデキるんですけどね(どっちやねん)。

一方で、実績を残したヒトがシンドい現場からは身を引き、その”名前”でもうちょっと楽に稼ぐ一方、その空いたポジションに後進が入っていくという構造もあると思うのですが、第一人者のダウンタウンが、50を越えても、第一線で、今なお普通のバラエティ以上に過酷なカラダの張り方をしているのを見ると、なんというか、ファンとしてはウレシいですが、あとに続こうとしている若手達は、本当に気の毒だなぁと思うのです(笑)。